舞台「森 フォレ」を観てきました

世田谷パブリックシアターで上演中の舞台「森 フォレ」を観てきました。

レバノン出身のワジディ・ムワワド氏作「約束の血」4部作中の第3弾。

「炎 アンサンディ」「岸 リトラル」に続き、魂の遍歴とも言うべき壮大な物語。

前2作に比べると重苦しさは和らぎ(無くはない)、現代的な印象の強い作品でした。

ってかね~、ムワワド氏の作品、好きなんですが心身共にコンディションが整ってないと太刀打ち出来ないんで、観に行くのをちょっと躊躇してたんですよね~。

すっごく観たいけどHP削られるよね~どうしよっかなって。

結局、観たい気持ちに勝てず出かけてきましたけどね。うむ、観て良かったです。

あらすじ

1989年、ベルリンの壁が崩壊した年。カナダ・モントリオールではエメ(栗田桃子さん)に発作が起き、「リュシアン」という名前を口にする。妊娠中のエメは、脳に悪性腫瘍が出来ていた。エメが生き延びるには、お腹の子どもは諦めるべきと医師は勧めるが、エメは出産を決意する。そうして生まれた娘はルー(瀧本美織さん)と名付けられた。出産後、エメは寝たきりになり、15年後に亡くなった。

父バチスト(岡本健一さん)はルーの出生時の秘密を隠してきたが、ルーが20歳の時、フランスの古生物学者ダグラス(成河さん)の来訪により、その事実を告げることになる。
ダグラスは第二次世界大戦時に亡くなった人の頭蓋骨の一部を持っていた。その頭蓋骨は、なぜかエメの脳の中にあった骨と一致するという。


自らの出生の意味について答えを探したい衝動にかられたルーは、ダグラスの説得もあり疎遠にしてきた祖母・リュス(麻美れいさん)に会いに行く。すると、これまで知らなかった事実が語られ、ルーはダグラスと共にフランスへと旅立ち──

私たちは誰なのか

「炎 アンサンディ」は、母の苛烈な運命と自分たちの出生の秘密を知る物語でしたし

「岸 リトラル」は、両親の秘密を知り、父を埋葬する場所を探す物語でした

それに比べると、「森 フォレ」はとっつきやすく感情移入もしやすかったです。

 

何かと過剰に豊穣な現代での「自分探し」ではなく、自分という生きものの根幹を探る物語は、観てるだけでもとてもしんどい。

考えちゃうよね、わたしたちって誰で、どこから来てどこへ行こうとしているのか?

生きものが生まれ、命をまっとうして死んでいくのに、実は理由なんてないんだけどね。

ヒトは自分の生が期限付きであることを知ってるから、どうしても理由付けしたくなるだけ。

どうせ死ぬのに、なぜ生まれるのか?

「私」は誰か、「私の期限付きの人生」の意味は何か。

考えても答えなんて絶対でなくて、でも考えることに意味がないわけじゃない。

四六時中考えるにはヘビーなテーマだけど、たまには取り出して考えてみる、そのこと自体に意味があると思えます。

 

主人公であるルーは、母親の人生と引き換えに生を受けたことに苦しんでる。

決断したのはお母さんなんだから、罪悪感なんて感じなくてもいいんだけど、実際その立場におかれたらそうもいかないのでしょうかね。

ルーを妊娠中に、お母さんのエメには腫瘍が見つかるんだけど、それはルーと同時に胎児になった(つまり双子だった)片割れが脳に移動したもの。

そういうことが本当にあり得るのかはおいといて、そのことが語られた時にルーは

「自分の一部が母の脳に移り命を奪う原因になった」

と感じるわけですが・・・

そこもね。

自分に選択肢があったわけじゃないので、責任を感じる必要がないと思うのです。

この、「自分が選べなかったことについて、責められる筋合いはない」という感覚が、私の中にはかなり明確にある。

逆もまたしかりで、「自分の選択によって起きた不都合に文句は言わない」というのもあります。

ここはちゃんと認識しておかないとただの自分勝手になっちゃいますからw

 

うーん、「森 フォレ」に限らず、ムワワド氏の作品は「こういうお話で、こういう風に感じました」って単純に言えないのがもどかしいな~

すごく乱暴にはしょって言うと、自分が生まれたいきさつについて悩んでる女の子が、不思議な縁で知り合っただいぶ年上の古生物学者とルーツを辿るうちに、一族の壮絶な血の継承を知るわけですよ。

でも現代に近づくにつれ、たとえ状況は壮絶であっても、だれひとり望まれずに生まれた子はおらず、自分も愛を受け継いで生まれてきたことを認識するのです。

反発しか感じていなかった古生物学者に対しても、理解と友情(恋のはじまりなのか微妙なところ)を抱き、女の子の未来は以前と違ったものになりそう。

 

お芝居を観ていて感じるのは、芝居の内容よりも自分が生まれて、生きているという事実に、改めて驚いたってこと。

自分の血統やルーツにはあまり興味がない私だけど、連綿と続く一族の歴史の果てに私がいる、ってことをハッキリ認識したんですよ。

誰がそう望んだわけでもないのに。不思議じゃない?w

 

あとね、私はこれまでなんとなく、人生で起きる出来事って、帯のような時の流れにポイント的にあって、そこを自分が移動してるように思ってたの。

でもこのお芝居を観たらなんとなく、あらゆる出来事は向こうからやってくるんだ、自分はただ立ち止まっているだけなんだ、って感じた。

経験を積むと、向こうからやってくる出来事への対処が分かってくるというか。

まともに衝突して大ダメージをくらったり、うまく躱せてかすり傷で済んだり。

進む道は自分で選択するけど、それは分岐点を選んでるだけ。

その先の人生に用意された「出来事」からは逃げられないから、分岐の先にどんなことが待ち受けてるか、目をこらし予測しないといけないんだなと思った。

 

時代があっちこっち行き来するし、役者さんが何役もやるのでぼんやり観てると混乱するかもしれないけど、熱量がすごいしサスペンスフルなので集中できました。

見ごたえある芝居で楽しみました~。

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