舞台「ジュリアス・シーザー」を観てきました

吉田羊さんをはじめすべて女性が演じる舞台「ジュリアス・シーザー」を観てきました。

演出は森新太郎さん。どれだけヒリついた作品になるかと思ってましたが、意外にも軽やか(いや話は軽くないけど)、ドラマ性がくっっきりしていてとても良かったです!

あらすじ

共和国末期、ローマ。宿敵ポンペイを打ち破ったシーザーが凱旋する。

民衆の歓声を浴びるシーザーたちの前に、盲目の占い師が「3月15日に気をつけろ」と声をかけるが、シーザーは取り合わない。

今や栄華の頂点を極めたシーザーだが、周囲には彼が独裁政治へ向かっていく予感に、危惧を感じる者たちもいた。

シーザーの片腕、ブルータスは、シーザーへの友愛も感じながら彼の増長もまた、感じ取っており、友と国をそれぞれ想う気持ちに引き裂かれそうになっていた。

ブルータスの友、キャシアスはブルータスを説得し、ついにシーザーを討つ仲間に引き入れる。

シーザーの暗殺決行の日は、3月15日だった。

英雄の死に悲嘆する市民たちに、ブルータスはシーザーの死の必然性を説く。一度は納得した市民たちだったが、その後シーザーの腹心・アントニーの弔辞を聞き、復讐の暴徒と化してしまう。

アントニーはシーザーのむごたらしい亡骸を市民に見せ、さらに「遺言で市民ひとりひとりに財産を分け与えると決めていた」と告げたのだ。

アントニーの奸計によって暗殺者たちは追われる身となり──

舞台「ジュリアス・シーザー」は、2014年の彩の国さいたま芸術劇場版を観たっきり。

その時の出演者は横田栄司さん、藤原竜也さん、阿部寛さん、吉田鋼太郎さんと濃く熱く男くさいメンバーでしたw

そのせいか、この演目自体に重く男くさいイメージがありました。

今回は出演者がすべて女性。しかも台詞や役どころを女性に置き換えていないので、女性の姿、女性の声のまま「俺が」「男の」という具合。

でもね、これ違和感あるのは最初のほんのちょっとの間なの。もちろん、女優さん達がやってるんで必ず自分の内側に「女性が演じている」っていう但し書きみたいなのは感じる。

でもだからといって、話が入ってこないなんてことはない。

そもそも、俳優って作品と観客を橋渡ししてるわけで、役割としては媒介者なんですよね。

媒介者の個性や表現力というフィルターを通して、私たちが観ているのは「物語」なんだ、ってことがとても顕著に感じられたんですよ。

森さん演出、吉田羊さんとシルビア・グラブさんが出てる時点で「はい、観ますね」って決定した今作。

吉田羊さんの思慮深く静かな悲しみをたたえたブルータスも、ビアさんの王者感モリモリシーザーも期待通りでしたが、まーーーー松井玲奈ちゃんのもの凄いこと!

松井玲奈ちゃんは朝ドラ「まんぷく」と、去年だっけ?椎名桔平さん主演の「オリエント急行殺人事件」でしか拝見したことがなかったんで、「キレイでちゃんとしたお嬢さん」ってイメージだったの。

しかしここでは民衆を前に弁舌をふるい形勢を逆転する、その強さしたたかさに圧倒されてしまったわ!

「シーザーはいかに名君だったか、民のことを考えていたか、暗殺者たちがどれだけ卑劣だったか」を

言葉巧みに、ドラマティックにまくしたてるその姿は圧巻でした。

キャシアスの松本紀保さんは初めましてでしたが、もっと舞台で拝見したいよ?!ってなりました。

さすがの存在感に加えて、不思議に愛嬌がある。ステキでした~

「ジュリアス・シーザー」って、

演説つまり「言葉」こそが民衆を惹きつけるチカラだ

ってことと、

支配者を決めるのは民衆だ

ってことが書かれた話だと思ってるんですが、同時に

民衆がどれだけゆらぎ易いか

も描かれてるんだよなぁと今回しみじみ思った。

民衆は、シーザー個人を愛しながらもローマの共和制を守るために彼を討ったブルータスの、真摯で悲壮な演説に一度は納得する。

でもそのすぐ後に、アントニーの戦略的な演説に煽られ、とどめに

「シーザーは死後、一律の金を市民に渡す遺言を書いていた」

と聞いて

「シーザーやっぱ最高だったじゃん!」

となっちゃう。

ここはね、現代日本で暮らす私たちも、自分ごととして考えた方がいい点だよね~。

と、いうわけでとても良かったです!

今まだ全国ツアー中かな?素晴らしかったので、お近くで上演があればぜひ!

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