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舞台「TERROR(テロ)」を観てきました

紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演中の、「TERROR」を観てきました。

本当に裁判に参加したような気持ちになります。

疲れも迷いも感じたお芝居でした。

いや、あれ本当にお芝居だったのよね?

ってしばらく、帰り道も考えてました。ハンパなかった・・・。

TERRORを観に行こうと思ったのは、出演されるキャストさんも演出家も、私の好みドンピシャだったから。

派手さのない、法廷劇ですよというのも心惹かれるポイントで、ちょっとムリして予定を入れて行きましたが、本当に行って良かったです。

 

劇場に入場すると、真っ黒な壁面が見えるだけで、舞台にはなにもない。

法廷劇というので、おなじみの段差のあるセットや、被告人が立つ証言台などがあるのかと思ってたんで、

「あら何もない」

と、ポカンと思ったの。始まったら袖から出てくるのかしら?と思っていたらそれもなく。

結局、人数分の椅子がフラットに並べて置かれ、出演者は向き合わず観客の方を向いて話すのよ。

いっそ恐ろしいほどの何も無いセット。

日常生活とかけ離れた、別世界に入り込むためには、セットや衣装、照明などがとっても重要だ思うのよね。

こんなに何もない中で、観客を引き込まなきゃならないとしたら、役者の負担はいかばかりか。

お芝居は客席の照明も落ちないまま、客席前方のドアから今井朋彦さんが入ってらして、突然始まったの。

客席が明るいままなので、観る準備が整っていない方もいらして、この状態でお話にすんなり入っていけるかな、と思ったのも一瞬。

今井さん演じる裁判官の、「皆さんは参審員としてこの裁判に参加するのです」という宣言から、グッと引き込まれていきました。

あらすじはだいたい、こんな感じ。

 

********************

裁判が始まる。被告人はドイツ空軍パイロット、ラース・コッホ少佐(松下洸平さん)。

コッホ少佐は、テロリストにハイジャックされた民間飛行機を、自らの判断により撃墜した。

彼の行動は国家・軍の決定に背く行為であり、少佐は民間飛行機の乗客・乗員164名を殺害したとして、逮捕された。

コッホ少佐が民間機を撃墜する決断をしたのには、理由があった。

ハイジャック犯であるテロリストは、今まさに7万人の観衆で埋まっている、サッカースタジアムに飛行機を墜落させようとしていた。

テロリストの目的を知った国家と軍は、討議の結果、民間機を撃墜はしない、と決定した。

しかしそのまま傍観すれば飛行機はスタジアムに墜落し、乗客・乗員164名に加え、スタジアムの観客7万人も命を奪われる。

164か、7万か。

少佐は逡巡の末、ギリギリのところで民間機を撃墜。スタジアムの観客は、被害を免れた。

逮捕されたコッホ少佐は、乗客を犠牲にして大観衆の命を救った。個人の判断で。彼は英雄なのか、それとも殺人者なのか。

検察官(神野三鈴さん)と弁護人(橋爪功さん)は、少佐の上官であるラウターバッハ中佐(堀部圭亮さん)、民間機の乗客であった夫を亡くしたマイザー夫人(前田亜季さん)の証言から、事件の焦点をあぶり出していく。

検察官の論告、弁護人の最終弁論が終わったとき、評決は参審員である観客に委ねられる。

********************

 

 

有罪・無罪は観客の投票によって決定し、ラストが変わるという方式で、1回だと片方のエンディングしか観られない。

それってフラストレーション感じないのかな、何度も観たくなるか?と思ったんですけど、これ結局、どっちにしても悶々とするわね。

物語の結末としての有罪・無罪にはあまり意味がないように思う。

どっちに決めたとしても、自分の中で

「あっちに決めて良かったんだろうか・・・本当に正しい決定だったんだろうか」

って気持ちが湧いてくるんじゃ無いかと思うの。

そしてその気持ちを持たせることこそが、この芝居の目的ではないんだろうか、と感じたわ。

 

朗読劇でもないのに、ここまで何もないセットにも驚いたけど、もうひとつ驚いたのが客席の照明。

上演中、ただの一度も暗くならないの。真っ暗になるのは、終演の瞬間だけなんです!そんなお芝居初めて観た。

ただ、証人や被告人が証言している時、問題の核心に迫るときや、その人自身が密かに抱えている「前提」みたいなものがあぶり出されていくときに、証人の顔にライトが当たり、客席の照明が少しずつ暗くなるの。

あの時の没入感ったらなかった。問題点がフォーカスされていくのを感じさせられてもの凄く、集中しました。

 

法廷劇だから、裁判を模した会話が続けられていくわけですが、まぁ皆さんもの凄いセリフ量。やりとりは少なく、ほとんどが1人で話しまくる。通常の会話劇と違って、他の人が話してるときは完全に黙って座ってる。

ほんっっとうに、役者はキツかろうと思います。しかし、上演中は全くそんなこと感じなかった。と、いうか集中しすぎて、芝居を観てるという感覚もなくなってた。

皆さん素晴らしくて、終演後は舞台に頭を下げて帰りたい気持ちになりましたけど、特に。

特に検察官の神野三鈴さんの、論告が!

ものすごい!!(感嘆

あれ本当にセリフだったんだろうか?って今でもちょっと疑ってます。実はホントに裁判やってたんじゃなかろうか(違

そして三鈴さんの検察官と対照的な、橋爪さんの最終弁論も。つぶやくように、時に熱を帯びて被告の無罪を主張する。

検察官の論告を聞いていると確かに有罪に感じるし、弁護人の弁論を聞いていると、確かに無罪と感じる。

そのたびに揺れ動く、どちらに決めたら正しいのだろう、という気持ちは、これまで感じたことがないものでした。

 

被告人はだらしない犯罪者ではなく、厳しい訓練を積み重ねてきた優秀なパイロット。選ばれし高潔な人物である彼が下した結論は、正しかった、と思いたい。

でもね、私は有罪を選びました。

なぜなら、彼は「決定する立場になかった」から。

劇中にも説明が出てくる、現実の法律だそうですが、ドイツで施行された「航空安全法」により、ハイジャックには警察の対応だけでなく軍隊の出撃が可能になりました。

そして、「状況によっては、ハイジャックされた飛行機の撃墜も可」であるという条項があったそうです。

しかし、一年後ドイツの連邦憲法裁判所は、この条項を違憲とし無効化しました。

つまり、憲法に照らすと、ハイジャックされた飛行機が兵器として利用され、他のもっと大きな被害を起こすために使われたとしても、撃墜することはできないのです。

国家がハイジャックの事実を把握しながら、撃墜しないという決定を下したのは、この法に照らしてのことだった。

だからね、コッホ少佐は、飛行機を撃ち落とすべきではなかったんです。

苦しくても歯がゆくても、飛行機がスタジアムに墜落するのを、見ているべきでした。

とてつもない被害が出た後には、条項についての再考する議論がなされたと思います。

酷い話ですが、そうなるべきでした。そう考えます。

決定する立場になかったのに、コッホ少佐は正義の決断により、自ら加害者の立場になりました。

だから有罪です。

 

目の前のことがお芝居で、私が有罪と断じても、コッホ少佐を演じた洸平くんが無期懲役になることはない。だから決められたけど、実際の裁判だったら、とても決められないわ。

撃墜された飛行機に、家族が乗ってたら?スタジアムに、夫と息子が行ってたら?

それでも同じように考えられるだろうか。絶対、できません。

飛行機に家族が乗っていたら、人殺しと叫んだかもしれない。スタジアムに夫と息子が行ってたら、コッホ少佐に死ぬほど感謝したでしょう。

どちらに決めても、本当に正しい判断が出来たのだろうか、と考え続けてしまう、そんなお話でした。

演者の皆さんもですが、この芝居を作り上げた森新太郎さんの演出、本当に素晴らしかった。しびれました。

TERRORの東京公演は2018年1月28日まで、その後兵庫・名古屋・広島・福岡で上演です。

他にはない演劇体験が出来ること請け合いですよ~!

  カテゴリー:観劇・映画  



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