舞台「死と乙女」を観てきました

三軒茶屋のシアタートラムで上演されている、「死と乙女」を観てきました。

出演は宮沢りえさん、堤真一さん、段田安則さん。演出は小川絵梨子さんで、

も~絶対観たい!と思っておりましたとも!

期待通り素晴らしくて大満足。

95分と短い上演時間ですが濃厚で、鳥肌が立つ瞬間が多くありましたわ。

チリの劇作家、アリエル・ドーフマンの原作

「死と乙女」(訳によっては『死と処女』)は、チリの劇作家アリエル・ドーフマン氏の作品。

独裁政権下で自らが受けた、弾圧の経験を元に書かれたもので、30年前の作品なのね。

1990年代にロンドン・ウエストエンドを経て、

グレン・クローズ(大好き!)、リチャード・ドレイファス、ジーン・ハックマンという超豪華キャストで

ブロードウェイ上演され、大ヒットしたんですって。

独裁政権下で行われる弾圧がどんなものなのかは、現状の私たちにはわからない。

映画や小説で表現されているものを見るしかないのよね。

こういった作品に触れるたび、平和な日本の、のんきな時代育ちである我が身が、どれだけ恵まれたものかと感じられます。

 

1970年代のチリでは、独裁政権下で政治犯として投獄されたのはなんと4万人近く。

大半は町中で誘拐され拷問を受け、うち3千人は殺害・行方不明とされているとか。

「死と乙女」のポーリーナ(宮沢りえさん)も、反政府運動に加わっていたため、誘拐され拷問された過去を持ちます。

 

「死と乙女」のあらすじ

独裁政権が崩壊し、民主政権に移行したばかりのある国。
反政府運動への旧政権の激しい弾圧や人権侵害の罪を暴く査問委員会が発足した。
かつて反政府側で戦っていた弁護士ジェラルド(堤真一)は、新大統領から、その中心メンバーに指名されようとしていた。
彼の妻ポーリーナ(宮沢りえ)もジェラルドと共に学生運動に身を投じていたが、
治安警察に受けた過酷な拷問のトラウマに苛まれ、未だに心身共に苦しんでいた。
ある嵐の晩。
岬の一軒家では、ポーリーナが家に近づく見知らぬ車の音に怯えながら、様子をうかがっていた。
すると見知らぬ車からジェラルドが降りてくる。
車の故障で立ち往生していたジェラルドは、偶然通りかかった医師ロベルト(段田安則)の車に助けられ、家まで送られてきたのだ。
その後、家に招き入れられたロベルトの声を聞き、ポーリーナは凍りつき、やがて確信する。
この声、この笑い方、この匂い…。
この医師こそ、監禁され目隠しをされたポーリーナを執拗に拷問し、
美しいシューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」の旋律を流しながら、繰り返し凌辱した男だと…。
かくしてポーリーナの激しい追及と復讐が始まった。
必死に潔白を訴えるロベルトと、妻の思い込みを疑い翻意させようとするジェラルド。
それぞれの心の中にあるのは、狂気なのか真実なのか。
記憶の暗闇にのみ込まれた3人の結末は・・・?

引用元:http://www.siscompany.com/sisotome/gai.htm

 

セットはポーリーナとジェラルド(堤真一さん)が住む家の、リビングとベランダ。

清潔でムダのない、がらんとした部屋の感じはまるで取調室みたい。

そこで繰り広げられる緊迫したやりとりは、一瞬たりとも気が抜けないものでした。

 

ここからはネタバレを気にせず書いていきますんで、これから観る方はご注意くださいね~。

被害者と加害者・それを内包する社会

夫のジェラルドと、彼を助けてくれた医師・ロベルト(段田安則さん)がリビングで話している。

それを、ポーリーナがベランダで盗み聞きしてる。そのシーンがとても怖いの(笑)

ベランダに面した大きな磨りガラスに、白いナイトウェアを着たポーリーナの姿がぼんやり映る。

遠くからうっすらと近づいてきて、人影の形になり、表情はわからないのにポーリーナの緊迫が伝わってくるんですよ。

ポーリーナは最初から、行動がちょっとヘン。

いかにも何かやらかしてしまいそうな、ピリピリした感じが漂ってる。

ジェラルドは感情的にならずに彼女を扱おうとするけど、ちょっと持て余し気味に見える。

だから、なりゆきで夫妻の家に泊まることになったロベルトを椅子に縛り上げ、銃を突きつけるポーリーナに、ビックリしつつ

「この奥さんはついにトラブルを起こすのかな」

なんて気持ちになっちゃう。でもそうじゃなかった。いや、やっぱりそうなのか?

 

混乱するのは、結局最後まで、ロベルトがポーリーナのいう男なのかどうかは提示されないから。

ポーリーナは15年前に受けた拷問のトラウマに悩まされ続けてる。

かつては好きだったシューベルトが、拷問のBGMとして流されたせいで、今でも聴くとパニックを起こしてしまう。

自分を目隠ししたまま陵辱した男の声、匂い、肌だとポーリーナは言うけど、ロベルトはずっと否定し続ける。

私も最初は

「ロベルトはポーリーナの言う男なのかどうか」

を見極めようとしてたように思う。でも途中から、それはさして重要じゃないんだ、と感じたの。

 

拷問という被害を受けたポーリーナ。加害者であると断じられたロベルトは、今はポーリーナに拘束という被害を受けている。

ポーリーナの家族であるジェラルドは、被害者でもあり、加害者でもある両者のバランスを取り、共存の道を模索し続ける。

ある視点から見れば狂った行動が、別の視点からは正当性を持って語られていく様は、社会生活のなかでよく体験することよね。

ハッキリとは提示されない真実

誰が狂っているのか、誰が本当のことを言ってるのか。

真実はどこにあるのか、そもそも真実が必要なのか?

ジェラルドがポーリーナに、ロベルトをどうしたいのか、と聞いたとき、

「私にしたことを、同じようにしてやりたい。でも私はあいつを犯せない、だからあなたがやって」

と言い出した時はちょっと笑った(笑)

即座に「いやそれはムリよね、だって相手に欲情しなきゃならないし」って続く。

笑いごとじゃなく、極限状態には、そんなふうに支離滅裂になるのかもしれない。

というか、この時のポーリーナは支離滅裂に見えるけど、彼女にとっては筋の通った話なのよね。

 

結局、自分にしたことをすべて白状させ、紙に書き、サインさせて永遠に保管することを望むポーリーナ。

ロベルトは解放して、その後はもう関わらないという。

その約束を取り付けたジェラルドは、ロベルトに

「嘘でいいからポーリーナに合わせて話をでっち上げろ」

という。

ジェラルドは何より、ロベルトを無事に帰さなきゃならない。

自分たちが社会的に抹殺されないために。

ポーリーナがロベルトを殺しでもしたら、自分のキャリアも何もかも台無しになるし。

ロベルトの気持ちとか、そういうのはもうどうでもいい。

というかこの際そんなこと言ってられないでしょ、という、ある意味では現実的な提案をして、ロベルトも結局それを受け入れる。

 

段田さんは最初のうちあまり台詞がなくて、段田さんの声が大好きな私はちょっと寂しかったんですけどね。

この後半にさしかかって、独白する台詞は鳥肌立つところが多かったです。

本当にポーリーナが言う男なのか。

拷問に加わった医者ではあったけど、ポーリーナとは関わらなかったのか。

そもそも拷問に加わったことがなかったのか。

何一つハッキリとは提示されない。でも心理の移り変わりを独白する台詞を聞いていると

「おまえ絶対そうだろ、その医者だろ」

という気持ちになるw

最初は、囚人を死なせないために。やがては嗜虐性に目覚め、拷問を楽しむようになってしまった・・・

と説明するトーンが、本当に怖くてぞわぞわしたわ。

ものすごい台詞量、でも集中が削がれない

少人数の芝居って、ひとりひとりが話す量が多くなるじゃない。

だから台詞量が多いのは先刻承知、だけどこの作品は格別でした。特にポーリーナ。

もんのすごい量で・・・いや観てる時はそんなこと考えてないんだけどね、夢中だから。

台詞量が多いのに、観ていて退屈にならないって実はすごいことなんだよね。

言葉に対する人の処理速度って実はとても早い。

長い話を聞いていられるのは、言葉に付随している感情に共鳴したり共感したりするから。

つまり長い台詞を聞いていても集中力が切れないのは、役者さんの「感情」が台詞にこもっているからなのよね。

この苦しい内容の芝居を、観客を引きつけたままたった3人で運んでいくのは本当に凄かった。

 

そしてラスト、トラウマだったシューベルトをジェラルドと共に聴くポーリーナが振り向き、ロベルトと目を合わせるシーン。

無表情に向き合う二人の間には、ある種の連帯が感じられた。それがまたゾッとする瞬間だったわ!

結局、ポーリーナの気は済んだのか、ロベルトは「あの医者」だったのか、暴力の連鎖は止められたのか?

法は傷ついた心を癒やしてはくれない。理不尽に刻まれた残酷な記憶は、何によって救われるのか。

ハッキリと提示されないだけに、ぐるぐると考え続けてしまう。

こういう、観たあと頭を抱えたくなるお芝居、好物です(笑)

濃密な空間で堪能いたしました。いやー満足です!

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