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食育と「ブタがいた教室」

食べるものが安全であることは、生きていく上で大切な前提条件だと思います。

でも、実際自分が食べているものが安全なのかどうかは、実はよくわからないし、ほとんど気にしないでいるのが実情ですよね。

私は40歳で妊娠するまで、食べるものについて真剣に考えたことはありませんでした。

元々、食いしん坊ではあるんですが変に無頓着なところもあって、たとえば同じメニューが3食続くのはイヤだけど、お昼ご飯が365日同じメニューなのは平気なの(笑)

そういうわけで、ジャンクフードとインスタント、外食ばかりしていた私でしたが、妊娠を期にやはり食べるものの事を少しは考えるようになりました。

やはりねぇ、腹に人ひとり仕込んでて、そいつのパーツは全部自分が補給したもので作られるとなると、考えないわけにはいきません。

で、そう神経質ではありませんでしたが、以前よりは自然なもの、脂の少ないもの、糖分の少ないものを選んで食べるようにはなりました。

出産後は太ってしまい、ダイエットのために食事制限。ビリーズブートキャンプのおかげで身体も心も変化して、自らの「健康」について考えるようになると、またまた食べる物に対する関心も高まったというわけです。

とはいえ、「頑なにジャンクフードは食べない」とか、「決まったところでしか買い物をしない」などという厳しいものではないですけど。

当然、息子や夫の食べるものにも気をつけるように。ま、でも夫は私なんかよりずっとストイックなので、余分なものは食べません。そもそも胃弱で、脂っこいものや重いものは苦手だし。男性にしては珍しく、生野菜も根菜も好き。手がかかんないできた夫です(笑)

しかし息子はまだ3歳児。好きにやらせておくと本当に偏ったものしか食べないので、食事前に余計なものを食べないように見張ったり、バランスよく食べるように導かないといけません。

食育、という言葉はつい最近、よく聞くようになりましたが、実は明治時代に石塚左玄という方が「通俗食物養生法」という著作の中で使ったのが最初だそうで、大変古くから言われているこだそうです。「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき。」と書かれているそうで、まさに「食」が人を育てる大本である、ということですね。

健康な肉体がないと健康な心になりにくい。肉体は食べたもので作られるわけですから、口にするものがどんな環境で育ち、運ばれ、調理されたものかを知るのも大切。それぞれの食物に、どんな栄養素があって、どんな働きをするのかを知るのも大切です。

それに加えて、私は最近、「生き物を食べること」についても、ぜひ息子に教えたいと思うようになりました。

農作物であっても、畜産物であっても、育ってきた命を食べて自分は生きているわけです。

一生懸命育ってきたものを、自分という命の中に取り込むということについて、全く意識しない、知らないというのはちょっと問題があるなと思うんですよ。

私が子どもの頃には、まだまだ大真面目に「お米には七人の神様が」とか「食べ物を粗末にしたら目がつぶれる」などという事が言われてました。

ひねくれた子どもだった私は、「米は売り物として売られてんだから、神様なんかついてるわけないじゃん」とかなんとか思ってましたが(笑)

それでも田舎育ちですから、季節ごとに農家の方が大変な思いをして田んぼや畑の手入れをしているのは見てましたし、海も近くて漁師の子と友達だったりもしたんで、なんとなく「命がけで漁をしてくる」ということは感じていました。

ところが多分、私の息子はこのまま行くと埼玉県の街場育ちになるわけで、肉も魚も野菜もスーパーでパック詰めされてるのしか知らないんですよね。

トマトでもなすでもいいから、ベランダで育てて、虫がついたらとったり、水をあげたり、芽が出てきたのを間引きしたりという経験をした方がいいんじゃないかなって思うんですよ。

そういうのも、「食育」に入るのかなって。

ただ、妻夫木聡さん主演の映画「ブタがいた教室」の先生みたいには、腹はくくれないけど。

「ブタがいた教室」は 黒田恭史さんという方が、大阪の小学校教師だった時代に、実際に担任した子ども達とブタを飼った日々を綴った「豚のPちゃんと32人の小学生―命の授業900日」を原作としています。

黒田先生は、いのちの教育の一環として、みんなで豚を飼い、その豚をみんなで食べることで食生活を見直そうという考えで始められたそうです。

今の子ども達は、パックの中に入っている豚肉しかしらない。「豚」という生き物と「豚肉」が全然つながってない。だから、最後はみんなでその豚全部丸ごと食べる。それぐらい責任もって一つのことができたらいい。

そう考えて始めたそうですが、この腹のくくり方は凄いと思う。結局、Pちゃんと名前をつけられた豚は、家畜ではなくペットとして32人の生徒に飼われる。これが後々、辛い決断を迫る結果になるわけですが、ともかくみんなで一生懸命育てました。

そしてついに、最初の約束だった「みんなで育てた豚をみんなで食べる」日がきます。皆が小学校を卒業する日。

クラスのみんなでPちゃんのことを話し合う。みんなで泣きながら真剣に討論します。「下級生に引きつぐ」「農場に引き取ってもらう」色んな案が出ます。

「食べるのは可哀想」

「でも下級生に引き継いだら、今みんなで苦しんでいるこの問題に、下級生もぶつかることになる」

小学生の子ども達が必死で言葉を探して議論する。本でのこのくだりは、何度読んでも泣いてしまいます。映画では、結末と子ども達の台詞は白紙だったそう。子ども達が実際にセットの中で豚を飼い、真剣に討論した様を撮影したそうです。

正直、ここまで厳しい現実を自分の子どもに突きつける覚悟はありません。でも、「君が大好きなしょうが焼きのお肉は、どこかの誰かが手をかけて世話をした生き物なんだよ」ということは教えたほうがいいと思うのです。

もちろん自分も、自覚していただかないといけないけど。

映画の「ブタがいた教室」は11/1公開だそうです。観にいきたいけど、きっと号泣すんだろうな~。

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2008年10月29日 13:30 |コメント(0)▲このページの上に戻る

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