舞台「ETERNAL CHIKAMATSU」観てきました

スポンサーリンク

深津絵里さんと中村七之助さん主演の舞台「ETERNAL CHIKAMATSU(エターナル・チカマツ)」を観てきました。

いやぁここんとこ、本当に上質だ!と感じる芝居を観ることが多くて、幸せだわーとしみじみ。

興味を惹かれたら触れてみる、を信条にしておりますが、この戦略 間違ってないわねと再確認。にやり。

ETERNAL CHIKAMATSUは、近松門左衛門の「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」をモチーフにした創作劇。

現代の娼婦・ハルと、近松の作中に登場する(実在の人物だそうですが)遊女・小春の人生が交錯する物語で、その仕掛けの見事さにぽかーんと口を開けて見入ってきました。

さて ここからはネタバレしますよ~これから舞台をご覧になる方は絶対に!読まないでください。お願い(笑)

 

↓↓↓↓↓ ここから ↓↓↓↓↓

開演前、舞台にかかった緞帳には茶・オレンジ・白の定式幕が、映像で映し出されてました。歌舞伎のような、浄瑠璃のような雰囲気を出してるよね・・・と思いつつ開演を待つ。

ボツッと客電が落ちその定式幕がぱーっと開いた、と思ったら、意外なことに大スクリーンにはリーマンショックの映像が。

「なぜ?!」

と思いましたが、これは「ハル」が娼婦に身を堕とした原因を、暗喩したものだったのでした。

映像が終わると舞台には、人形の家のような小座敷が小島のように並んでいる。

そのひとつでは、ハル(深津絵里さん)が 置き屋のおかみらしき婆さん(中嶋しゅうさん)に、「先月分の金額が合っていない」と激しく抗議しているところだった。

ハルは客の来店日、コース、その客の特徴や嫌だったところを、事細かに自分のノートにつけていた。だから絶対に集計が間違っているという。その様子から、彼女は頭もよく気も強く、何よりもお金に執着していることが分かる。

同僚の若い子に疎まれながらも、もっと稼ごうとしているらしく、婆さんにも「これ以上働くのはムリ」と諭される始末。しかし彼女は聞き入れない。

どうやらとんでもない金額の借金があるらしく、その返済に追われているようだ。

 

ある日、いつもの通り客を取ったハル。実はその客は馴染客ジロウ(中島歩さん)の兄であり、弟と手を切ってくれと頼みに来たのだ。

ハルはジロウと真剣な恋に落ちていた。しかしどのみち成就する恋ではない。相手の家庭が崩壊寸前であることも知らなかったハルは、手切れ金を受け取り、ジロウの兄(音尾琢真さん)の望み通り、

「愛してると言ったのは営業のため」

と言い放つ。

絶望の日々の中、愛をも失ったハルは、ある橋の上に通りかかる。ハルの夫は、多額の借金を残し自殺していた。ハルはその返済のため、娼婦になったのだ。

しかしハルは借金を残したことよりも、その事実を全く相談せずひとりで抱えていた夫に、怒りと悲しみを感じていた。橋の上から川底をながめ、死んでもいいかと思った時、ひとりの女に声をかけられる。

その橋の上で出会ったのは、近松門左衛門が描いた悲恋の物語の主人公である遊女・小春(中村七之助さん)だった。

 

小春は遊女の身でありながら、客である紙屋の治兵衛と真剣な恋をしていた。ハルはいつの間にか、小春の物語の中へ引き込まれていた。

お互いの身の上は似ているようでも、ハルと小春の考えた方や生き方は違う。

物語を聞かせてくれる、近松本人らしき老人や小春にも、小春の哀れさに対する怒りをぶつけるハルだが、小春はすでに終わった物語の中に生きている人。

物語が求められる限り、何度でも治兵衛との心中を繰り返す。道行は悲壮だが美しく描かれ、死にざまを見た人々は興奮しまた物語を求める。

ふたりの心中を止めたいのに止められないと苦しむ中で、小春や治兵衛の妻・おさん(伊藤歩さん)との対話を通じ、ハルは自分と夫の関係を見つめ返すことになる。

何万夜と繰り返された治兵衛と小春の心中を、この一夜はやめて、生きてほしいと訴えるハル。ハルの訴えを聞き入れ、小春と治兵衛は心中をやめた。

そして現世に戻るハルの前に、死んだ夫が現れる。

ハルは夫に「愛している」と告げ、夫はハルに「元気で」と告げる。

大雨の中、店に戻ったハルに、店の婆さんが「何を考えてんだい」と声をかけると、ハルは明るい声で

「あしたのこと。」

と答えるのだった。

 

舞台の隅々まで行き届いた美意識があなた!!

なんせ素晴らしい!!

単にセットが美しい、んじゃないんだよな~娼婦の部屋に飾られた造花の偽物っぽい光沢やら、遊郭の赤い格子のぼんやりと光った様子やら、もうすべてに神経が行き届いた美しさ。

美意識は役者さんの立ち姿、座り方にも表れてるように感じて まーとにかく美しい。

深津絵里さんの声も良くて、台詞を聞いてて気持ちがいいったら。罵声から始まって地声になり、商売上の甘えた声になり、そこから作った冷たい声になるところ、

「ホント~に うまいなあんた!!」

とおひねり飛ばしたい衝動にかられましたわ(真顔

 

ハルが自分の加齢に伴う価値の下落と、稼ぐペース・支払いのペースを冷静に分析するところは、滑稽でもあり恐ろしさも感じるところ。自分が歳を取って劣化していくのに伴う売り上げの下落を、

「年間15%ずつ下落するであろうところを、5%から10%に抑えて横ばい状態を長く持続し、借金の返済と生活費をまかなうとしてあと15年。・・・じゅうごねん?」

みたいに分析する台詞があって、かなり笑える(笑)

でもここのとこ、なんとなく渋谷の安アパートで殺害されてしまった東電OLのことを思い出したりもした。

中島しゅうさんが近松本人らしき老人も演じるんだけど、いったん書いて世間に出してしまった作品は、もう自分の手の届かないものになってしまう・・・といった「作者の苦悩」的な表現があったりして、そこはちょっと意外というか。

作中で、原作者の心情を吐露させる、って試みってあまりないように思うんで、面白いなと感じましたね~。

そして一番びっくりしたのがラスト。自殺してしまったハルの夫、誰が演じてたかというと、今の今まで小春として舞台に存在していた、七之助さんだったの!!

早変わりは歌舞伎の常とはいえ、メイクどうした?!

たった今まで白粉の遊女だったのに、あっという間に現代の男性になってて本当にびっくりした。

ひょっとしてメイクでなく、メイクに見えるパックでも貼っていたのだろうか・・・?

などと悩みながら家路についた私なのでした(笑)

 

↑↑↑↑↑ ここまで ↑↑↑↑↑

 

私、実は近松って好きじゃないんですよ。何度か読もうと挑戦したけど、最後まで読めたことがない。時代性とかあると思うんですけど、出てくる男がねー、なんせだらしない。読んでて腹立ってきちゃうんで、途中でイヤになって投げ出してしまうの(困惑)

でも今回、女同士の義理立てについて考えつつ見てたら、男はどうしたってだらしなくていいんだなとも思えた。女の方が悲惨な日々を生きていて、だからこそ本質的には肝が据わっていたのかもね。

女といえば七之助さんですけど、まぁ女形ってすごいわね。なんだろあの色気。弱弱しさ。登場した時、客席のあちこちから

「ほぅ・・・」

と声が漏れてた。ムリもない。実存感のない美しさは さすがとしか言いようがない。

実際には男なのに、現実のいい女である深津絵里さんと並んで、「美女がふたりいる」と認識させるんだよ?

すごくない??

そして身体性の素晴らしさね。心中の場面なんてほとんど半身ブリッジみたいな体勢になるし。美しい所作で弱弱しい女性を演じていても、実際にはすごい体力と身体能力が要るのでしょうね。

訓練された人にしか表現できない様式美ってあるんだよなぁ、としみじみ感じ入ってきました。いかん。このままでは歌舞伎まで観に行くことになってしまいそう(身震)

そうそう、心中の場面といえば、やたらキレイでエロチックだったのも印象的。当時はそれはもう、刺激的だったんでしょうね。劇中に出てくる、憧れが過ぎて「虚が実となり実が虚となる」というセリフの感覚も、分かるような気がしました。

 

女ふたりが出会う川の上といい、ラストに舞台上に降る大雨といい、水の表現も印象的でしたね。

水ってすべてを洗い流すものでもあるし、常に変化する物事の象徴でもある。そしてモノが腐る原因にもなる。

まるで女の愛のようではありませんか。

すっごい良い舞台で、堪能しました。映像化されないかなー、何回も観たい。

コメント