幾何学の問題を解く時に、たった一本の補助線を引くと、それまで囚われていた考えから解放され、あっという間に解決が見えてくる。
それと同じことが、思考の中にもある、とおっしゃる茂木先生。
あるきっかけで、一見無関係と思えていた事柄が結びつき、全体像が見渡せるようになる、ということは人生の中で経験のあることです。
特に仕事をしていると、そういった場面は多い。
解決するべき問題が消えたりするわけではないけれど、どこから手をつけていいのか、そもそも問題の根本は何なのかがさっぱり分からずお手上げという状況でも、ある時ぱっと火花が散るように、または視界が広がるように理解できる時がある。
難しい仕事をしている時ほど、この理解できた快感は深いものです。
茂木先生といえば「a~ha体験」を紹介するなど、メディアに露出される時は穏やかなインテリといった風情ですが、この本によると昨今の世間のあまりの「頭を使わなさ」に怒りを覚えていらっしゃるとか(笑)
それを「知のデフレ」と名づけていらっしゃいますが、TVのゴールデンタイムといわれる時間にクイズ番組が増えている中で、実は突拍子もない答えをするおバカタレントが人気を博している状況を見ると、なるほどと納得がいきます。
皆、「知的になりたい」と思ってその番組を見ていない。
おバカな答えをするタレントを見て、自分は知的だと勘違いしたいだけ。
よくよく、問題は深いといえましょう。
この「思考の補助線」、以前紹介した「脳」整理法 よりもはるかに難解です。
しかしあとがきにも書かれているように、「考える」ということは人間にとって最大の快楽です。
他の快楽と違って、終わりがなく際限がないのです。
ある事柄についてその整合性を見つけ、組み合わせ、切り離し、また結ぶ。
腑に落ちた時の心の安らぎは、まさに「快楽」といっていいでしょう。
人は「知りたい」欲求に背を向けてはいけないのです。
それは「生」に背くことです。
難しいのが偉いわけではありません。
しかし知らなくていいと放棄することは、生きていることを放棄することなのです。
世間がひれ伏してくれるほど難しいことである必要はない。
自分が知りたいと思うことを、探求する情熱は失くさずにいたいものです。